M&Aで誕生した「メディアの巨人」米ワーナー、なぜ身売りを検討しているのか?
ハリウッドに衝撃が走った。2025年10月21日、米ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)が「複数の当事者から、会社全体またはワーナー・ブラザース部門への買収打診(unsolicited interest)を受けた」と表明したからだ。100年を超える映画産業の象徴であり、数多くの世界的なIP(知的財産)を抱える同社なのに、なぜ「身売り」が取り沙汰されるのか。
巨額の負債と格下げが生む資本圧力
WBDは2022年、ワーナーメディアとディスカバリーの統合で総資産約1200億ドル(約18兆円)規模のメディア企業となった。だが同時に、有利子負債は約490億ドル(約7兆5000億円)に達した。
SEC(米証券取引委員会)への提出資料によれば、同社は2025年3月満期の社債21億6500万ドル(約3300億円)分を償還、さらに2026年に満期を迎える15億ドル(約2300億円)の債務を短期借入で賄うなど、負債削減を進めているが、金利上昇局面での借換え負担は重い。
格付機関も動いた。フィッチ・レーティングスは2025年6月11日、WBDの長期発行体格付けを「BB+(ネガティブ・ウォッチ)」に引き下げた。その理由として、「分離・再編後の企業は現在よりも小規模で事業の多様性が乏しくなり、借入金や社債などの依存度は高いままだ」と指摘している。
実際、同社はその2日前の6月9日、スタジオ・配信事業(WBD Streaming & Studios)とケーブル・ニュース事業(WBD Global Networks)を分離し、2社上場させる計画を公式発表していた。
さらにS&Pグローバル・レーティングスも6月、同社の無担保債務格付けを「BB」に格下げ。これによりWBDの社債は投資適格を下回るジャンク格となった。相次ぐ格下げは市場の懸念を映し出しており、株主からは「資産の選択と集中による企業価値向上」を求める声が一段と高まっている。
メディア構造の転換点
WBDが直面するもう一つの難題は、メディア構造の地殻変動だ。ドル箱だったケーブルテレビ事業「Global Linear Networks」は視聴者離れが進み、広告収入も減少。2025年第2四半期決算によると、同事業の調整後EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)は15億1200万ドル(約2300億円)で、前年同期比24%減となった。
半面、ストリーミングサービス「Max」は加入者が1億2570万人に達し、米国の平均月間ARPU(1ユーザーあたり月間収益)は11ドル16セント(約1640円)と、ストリーミング部門全体の調整後EBITDAは黒字化した。
それでもNetflixやDisney+、Amazonプライム・ビデオなどとの競争は激しく、コンテンツ投資の回収には長期戦を強いられる。
WBDはこうした環境下で、従来の「映画スタジオ+ケーブル」から、「IP(知的財産)+ストリーミング」を軸とする事業構造への転換を図ってきた。2社体制への分離計画と、10月に公表した「戦略的選択肢の見直し」はその延長線上に位置する。
資産価値の再評価―IPこそ最大の武器
それでも、WBDの保有資産価値は依然として世界トップクラスだ。「ハリー・ポッター」「DC ユニバース」「ロード・オブ・ザ・リング」など、時代を超えて愛されるIP群は同社の永続的な資金源である。
ゲーム部門では「ホグワーツ・レガシー」が2023年末時点で2200万本を超えるセールスを達成したと報じられ、映像とゲームの高い相乗効果を示した。
さらに、ロンドンやハリウッドの「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ツアー」など体験型施設は、IPをリアル空間へ拡張し、ブランド寿命を延ばす仕組みとして機能している。このような「IP エコシステム」を一体で運営できる企業は世界でも数少ない。
市場はその潜在価値に反応した。発表翌日の株価は一時、前日比で約10%ほど値上がりした。米メディアコングロマリットのパラマウント・スカイダンスが現金中心の買収提案を提示したものの、WBDの取締役会が退けたとの報道があった。
その一方で、米メディアエンターテイメント大手のコムキャストや投資ファンド勢が関心を示しているとも伝えられている。
ハリウッドの「新たな未来」を先取りするか
かつてWBDは、映画・配信・ニュース・スポーツを束ねた「統合型メディア帝国」を志向した。
だが今や、その重層構造が資本効率を下げる足かせになりつつある。分離にせよ、一括売却にせよ、今回の動きはハリウッド史上でも最大級の再編に発展する可能性がある。
WBDが売却を模索する背景には、単なる財務圧力を超えたメディア産業そのものの構造転換がある。制作費の高騰、視聴時間の限界、プラットフォーム競争の飽和といった環境の激変に、もはや「規模の経済」だけでは太刀打ちできない。
ハリウッドの老舗が次に選ぶ一手は、業界全体の方向をも左右する。かつて「統合」が時代の要請だったように、「分離」や「身売り」もまた資本主義の合理的判断といえる。
映画と配信の垣根を越えてグローバルIPを回すのか、それとも軽量化した新体制で挑むのか。ワーナーの決断は、ハリウッドの未来を占う試金石になる。
文:糸永正行編集委員
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