「1000億円M&A」を表明したサンリオ、その金額でどこを買収できるか?

目次

サンリオ<8136>が「攻めの資本戦略」に踏み出す可能性が浮上している。日本経済新聞の報道によれば、今後数年の間に最大1000億円規模のM&A投資を検討しており、国内外の「映像制作」「ゲーム」「メタバース(仮想空間)」分野の企業買収を視野に入れているという。M&Aの候補企業は明確にされていないが、1000億円程度の予算で買収できそうなターゲットを探ってみた。

デジタル空間を通じた体験機能の拡張が課題

「ハローキティ」や「マイメロディ」、「シナモロール」といった有名キャラクターの知的財産(IP)を抱えるサンリオにとって、これからのM&Aは単なる規模拡大ではない。「キャラクター会社」から「体験型IPプラットフォーム企業」への脱皮を狙っている。

サンリオはこれまで、キャラクターグッズとライセンス収入を中心に成長してきた。しかし、世界的にキャラクター消費の対象は、「モノ」から「体験」に移行しつつある。アニメやゲーム、拡張現実(AR)、仮想現実(VR)など、デジタル空間を通じたファンとの接点拡張が欠かせなくなってきた。

サンリオは2025年6月に、プロダクション・アイジーやウィットスタジオなどを傘下に持つアニメ制作大手IGポート<3791>の発行済み株式4.98%を、第三者割り当てによる自己株式処分を引き受けるなどして、総額約17億6000万円で取得している。映像制作への出資を通じて、内製化や共同制作体制を強化する動きだ。

同社のIR資料でも、M&Aや業務提携によるIP強化と海外展開の推進が明示されている。さらに、2022年以降はメタバース空間イベント「SANRIO Virtual Festival」をVRヘッドセットを装着して参加するVRChat上で開催し、「ハローキティ」などキャラクターの仮想ライブを展開してきた。こうした流れからも、サンリオが「自社IPを動画と空間体験の両輪で展開する」戦略を進めていることが分かる。

Sanrio Virtual Festival
「Sanrio Virtual Festival 2025」内で開催されたイベントの一つ、「RYUGU - Generated Paradise」。ロボットの亀に導かれて訪れるAI竜宮城でパーティ体験が楽しめる(出典:プレスリリースより)


1000億円では足りない?映像制作とゲーム開発

サンリオが実際にM&Aを実行するなら、ターゲットは三つに絞られる。

① 映像制作・アニメスタジオ・配給会社
② ゲーム開発会社
③ XR(VR・ARなどの没入型インタフェース技術)/メタバース関連企業

①の映像制作・アニメスタジオ・配給会社については、海外の大手アニメ・映像制作会社は時価総額が高額だ。2006年の米ウォルト・ディズニーによる米ピクサー買収には、約74億ドル(約1兆1100億円)もかかっている。1000億円規模では大手の買収は難しい。そのため、子会社化ではなく、IGポートのようにマイノリティー出資で業務提携を強化する可能性もある。

時価総額が手ごろな、海外でのIP管理や作品配給を手がける企業を買収する選択肢もありそうだ。日本企業では、2024年に東宝<9602>がスタジオジブリ作品の北米配給権を持つ米アニメ配給会社GKIDSを買収している(取得価額は非開示)。ソニーグループ<6758>も2021年8月に米通信大手AT&Tから、アニメ配信プラットフォームを運営する米クランチロールを約1300億円で買収している。

② のゲーム開発会社の買収についても、実績のある大手ゲーム開発会社は高額なのがネック。米マイクロソフトが2020年に実施した米大手ゲーム会社ベセスダ・ソフトワークスを傘下に持つゼニマックス・メディアの買収では75億ドル(約1兆1300億円)、ソニーが2022年に実施した米ゲーム大手バンジーの買収でも約37億ドル(約5570億円)かかっている。完全に予算オーバーだ。

サンリオとしては、マイノリティー出資による業務提携強化か、既存の中堅または新興ゲーム開発会社の買収というのが現実的な選択となるだろう。

予算内だが「政治的リスク」もあるXR

③ 新しい分野であるXR/メタバース関連企業にはスタートアップが多く、1000億円の予算があれば買収の選択肢は広い。米メタは2022年に、VRで触覚を再現する技術を開発する独スタートアップのLofelt GmbH(ローフェルト)を買収した(取得価額は非開示)。2025年には米グーグルが、台湾HTCからXRヘッドセットとスマートグラス事業の一部を2億5000万ドル(約376億円)で買収している。

しかし、新しい技術だけに当局の買収規制も厳しい。メタは2023年に没入型フィットネスおよびウェルネスアプリケーションを手がける米Within Unlimited(ウィズイン・アンリミテッド)を買収したが、4億ドル(約600億円)と推測される小型案件にもかかわらず米連邦取引委員会(FTC)に独占禁止法に違反するとして、差し止めを求める訴訟を起こされた。

自国企業による買収でも「待った」がかかったケースであり、「経済安全保障」を拡大解釈する世界情勢の中で、日本企業による海外のXR/メタバース関連企業の買収には政治的な壁で阻まれるリスクもありそうだ。

サンリオとしては1000億円以内の買収が可能で、自社の「SANRIO Virtual Festival」での活用や機能強化が見込めるXR/メタバース技術は経営戦略上も必要なだけに、最も有望なM&Aの対象ビジネスと言える。

財務体力とリスクは?

サンリオの財務基盤は堅調だ。2025年3月期決算では、売上高1449億円(前期比44.9%増)、営業利益518億円(同92.2%増)と過去最高を更新している。現預金も潤沢で、買収資金の一部を自己資金で賄える余力がある。

一方で、買収後の統合リスクも無視できない。サンリオによるM&Aのターゲットとなるクリエイティブ産業では人材流動性が高く、文化摩擦や契約、権利処理の複雑性がPMI(M&A成立後の経営統合プロセス)の障壁になる。

単なる規模拡大のためのM&Aでは、互いの利害による摩擦は避けられない。サンリオに求められるのは、利害を超えて理念と世界観を共有する「アジア発のグローバルIP企業」を目指すM&Aだろう。

サンリオ業績推移


文:糸永正行編集委員

一覧はこちら

ご検討段階のお手続きは
すべて無料です。
お気軽にご相談ください。

無料相談はこちら

お電話でご相談の方は0120-552-410まで

お電話口で「メディア・エンタメチーム希望」と
一言お伝えください